コストに見合う最大限の品質を諦めない。限られたリソースのなかで最善を尽くすことが、プロフェッショナルとしての矜持です。
やるべき人がやるべきことをやれば、プロジェクトは必ず成功する。私はこれらの原因と責任の所在を曖昧にしません。
生産性・保守性をとことん追求したうえで、とにかくラクをしたい。ムダな苦労を美徳とせず、合理的に最短距離を走ることこそが技術者の本懐です。
出来上がってからミスやバグを取り除く、リファクタリングすることを良しとしない。初期段階からミスを混入させないプロセスを設計し、後から作り直さなくて済むよう事前に練り上げることが、品質最適化の最大の近道です。
要件を精緻に分析せずに「現行踏襲」「既存資産の流用」を安心・安全策や工数縮小策として主張する人は、大体間違えている。思考停止の踏襲は、負債の踏襲でもあります。
「人数 × 単価 × 月数」で測る工数課金モデルに、強い危機感を抱いています。工数を消化すること自体が目的化すれば、品質も効率も置き去りになります。
プロジェクト上層部に技術知見が不足していると、最適化のための意思決定が遅延し、現場は迷走します。
リーダー層の技術スタックが薄いと、部下や協力会社のアウトプットを正しく評価できず、問題検出が先送りになります。
同様に、見積精度の評価もできず、規定予算内での皮算用に陥る。結果としてプロジェクト中盤〜後半で破綻を招きます。
見積外のタスクを当然のように契約工数に押し込もうとする相手とは、一蓮托生にはなれません。信頼関係はフェアネスの上に成り立ちます。
非機能要件の制御や処理方式の検討など、システムの土台を設計するレイヤーを得意としています。
技術力は業務時間だけでは磨けない。業務外でも自主的に学び、実案件のなかで試行錯誤して身につける。このサイクルを回し続けることが、専門性の源泉です。
20年以上のキャリアに、劇的な転機はない。日々の積み重ねだけが武器になると知っているからこそ、地道な一歩一歩を疎かにしません。
人を育てるより、仕組みで品質を担保する。属人的な指導に頼らず、誰がやっても一定の成果が出るプロセスを設計することが、本当の意味での技術伝承だと考えています。
技術の勉強、マネジメントの学習、品質評価や組織管理が好き。可能であれば一生コーディングはやりたくない ── そう思い続けて20年以上が経過した現在も、日々コーディングに向き合っています。
AIバブルの時代にあって、AIを当たり前のように使いこなす先駆者であり続けます。
2029年頃までは、AIのアウトプットを正しくレビューできる人がプロジェクトで尊重される。AI活用の本質は「使うこと」ではなく「見抜くこと」です。
関わるすべての人の作業効率と作業満足度を、可能な限り高めたい。それが結果としてプロジェクトの成果にも直結します。
メンタルを壊すまで頑張る人には、「メンタルを壊してまでやり切る価値のある仕事はない」と伝えます。心身の健康を犠牲にする働き方は、本人にとっても組織にとっても正しくありません。
今の自分があるのは、自分を適切に評価し、支えてくれた人たちのおかげ。その感謝を忘れることはありません。これを忘れた日は会社を畳む日です。
自分と関わりのある人の喜びと、弊社の利益拡大。この2本柱が私自身の喜びです。
苦労を共にした仲間と飲む酒はものすごく美味い。ストレスの最中やストレスを乗り越えた仲間とカラオケする時間はかけがえのないもので、魂で歌いあえます。上手いかどうかではない。
自分の領域の進捗・品質を保ちつつ、領域外の作業を進んでやる人は尊い。領域外をやらされる立場の人もまた尊い。そういう人たちを正しく評価できる組織でありたい。
高稼働であってもやり抜けるメンタルと体力がある。それが私の武器の一つです。ただ、可能ならこの武器は使いたくない。
作業ボリュームは下げてでも、生涯ずっと仕事に携わっていきたい。働くことそのものが、人生の充実につながると信じています。そう自分に言い聞かせています。
"いい人"はたくさんいる。きっとプライベートでは本当に"いい人"なのだろうと思う。ただ、"いい人"でありながら仕事もできる人は、ほとんどいません。私はそう見ています。
仕事ができる人とできない人は、顔から放つオーラでわかります。
努力・根性と口にするとおっさん認定される時代だが、結局プロジェクトの柱になるのは努力ができて根性がある人。これだけは今も昔も変わりません。
「私は頑張っている」と対外に主張する人の近くには、その人よりもはるかに頑張っている人がいる。本当に頑張っている人は、それを口にしません。でも、本当に頑張ってる人は飲みの場では面倒くさいほどにそれを主張します。なお、私は頑張っています。